2018-09-22

車でお越しのお客様へ
京畿道加平郡加平邑
北漢江辺路1024
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シャトルバス
仁寺洞発: タプコル公園の隣
南大門発: 崇礼門広場
毎日 09:30
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電車
京春線:
上鳳駅乗車↔加平駅下車(約50分)
春川駅乗車↔加平駅下車(約28分)
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国家ブランド 独立国家体制を宣言したナミナラ共和国の国旗、ナミ字、切手、ナミ通宝や12ブランド、パスポートなどを紹介します。 See More

利用案内 ナミナラ共和国までの道案内とシャトルバス及び船舶の利用法 ビザ発給の方法、マップサービスなどを提供します。 See More

ホテル静観楼の予約 芸術家の魂が感じられるナミナラ共和国の国立ホテル静観楼で一生忘れられない大切な思い出を作ってみてください。 See More

童話の町 童話の島を夢見るナミナラ共和国の世界絵本フェスティバルや楽しい図書館、工芸院などで色んな文化を体験してみてください。 See More

想像の遊び場 雲稚園の遊び場、バイクセンター、電動車ツアーなどだれでも童心に戻れる想像の世界へ案内します。 See More

遊歩道 雄大なメタセコイアの道から秋の景色が満喫できる銀杏の道まで、ナミナラ共和国の代表的な散策路を紹介致します。 See More

アクセス情報

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ナミナラ共和国の紹介

ナミナラ共和国(Naminara Republic)は、国家の概念を標榜する特別な観光地として、独自的な外交と文化政策を行っています。世界中の人々に美しい童話と歌を差し上げる、この世に唯一無二の想像共和国です。

 

独立宣言文

私たちは、国を建てます。
歌の島、南怡島への童話の国を建てます。

同化されて
同和され、
童話を書いて
童畵を描き、
動畵のように生きていく
童話の世界を南怡島で造っております。

幸せな想像が付いてくる北漢江の大自然の上、
この世の中に1つしかない大韓民国の中ではの子供の国
鳥の鳴き声、水音、風音が人間の息吹と一緒になり、
鼻歌が自然に出てくる歌の島南怡島に
想像と創造の自由を思う存分に表す夢の世界、
ナミナラ共和国を造っております。

南怡島では、皆がナミナラの国民です。

 

 


南怡島の由来

前島という意味の南島とも呼ばれた南怡島の地名の由来は南怡島の北丘の石段に南怡将軍が埋まっているという長年の民間伝承に起因して自然に定着したものです。茶山·丁若鏞(タサン·チョンヤギョン)の著書である’穿牛紀行’や’汕水尋源記’などによれば,このような民間伝承の内容とともに,早くから南怡島を南怡苫と南怡嶼で呼んだ記録が見られます。’苫’は島を意味し、’島’が大きい島を示すのに対して’嶼’は人の住めない小さな島を意味します。守齋·閔丙燾(スゼ·ミンビョンド)先生は1965年南怡島造成の初期に南怡将軍の霊を慰め、将軍の気象を称えるため、石段の周りに封墳を築き、追悼碑を建ててノサン·イウンサン先生が追悼文を作り、イルジュン·キムチュンヒョン先生が字を書きました。一方,南怡将軍の行政上の珍墓は,京畿道華城市飛鳳面南田里に位置しています。


ユニセフ子供親和公園の南怡島

ナミナラ共和国、南怡島は2010年12月世界では14番目、韓国では一番最初にユニセフ子供親和公園(Unicef Child Friendly Park)として選ばれました。ユニセフを通した後援活動や南怡島世界絵本フェスティバルなど、南怡島の子供のための政策が高い評価を頂いた結果です。南怡島は社団法人障碍者人権フォーラムで、障碍者の利用しやすい観光地、 "Easy Place“として選ばれこともあります。


ナミナラ共和国

ナミナラ共和国(Naminara Republic)は南怡島の文化観光分野ブランド名として,南怡島を訪れる観光客たちが韓国内のもう一つの想像国に旅立つ気分になるように”国家概念を標榜する特殊観光地”という意味にしました。世界中の観光客に美しい童話と歌をプレゼントする、この世界に唯一無二の想像共和国として独自の観光外交と文化政策を展開しています。


株式会社南怡島

株式会社南怡島は江原道春川市南山面芳荷里にある南怡島観光休養地を管理·運営している法人です。南怡島は2016年現在、世界122ヵ国から130万人の外国人観光客を含め、年間計330万人が訪れた大韓民国の代表的な観光地です。

南怡島は1944年、清平(チョンピョン)ダムを作る時に北漢江の川の水が満ちて生じた、京畿道と江原道の境界にある内陸の島です。 金融人、出版人であり、文化芸術後援者である守齋·閔丙燾(スゼ·ミンビョンド)先生(1916~2006)が1965年、土地を買い入れ、砂だけの不毛地に多様な樹種の育林を始めました。 1966年京春(キョンチュン)観光開発株式会社に法人化して総合休養地に造成していたところに、1990年代末の通貨危機による不況を克服しようと2000年4月株式会社南怡島に商号を変更して南怡島を支えてきています。

南怡島は2001年から、文化芸術と自然生態の清浄庭園の役割として再起業を宣言し、経営正常化を実現され、環境と文化芸術関連コンテンツに集中投資し始めました。 環境分野では環境運動連合,環境教育センターおよびYMCA,YWCAなどの市民環境団体とともに,リサイクル運動,環境監視,環境順化的開発事業などを進めており,地域社会および教育福祉分野では,地域の高校と多文化未婚母福祉機関,独立有功者支援のための光復会の後援を続けています。 また,文化分野ではユニセフ,ユネスコなどの国際機関および底辺の作家群とともに,純粋美術から総合芸術祭に至るまで,様々な分野において持続的に後援事業を行っています。

1960~90年代には崔仁浩の<冬の旅人>ロケ地、江辺歌謡祭の開催地として知られて行楽客の<遊園地>として認識された南怡島は、2001年12月KBSドラマ<冬のソナタ>の成功で、台湾、日本、中国、東南アジアをはじめアジア圏の観光客が急増し、<文化観光地>に衣替えし、最近では北米、欧州、中東での観光客だけでなく国内居住外国人が最も訪れたがる清浄環境の<国際的観光休養の聖地>として脚光を浴びています。

南怡島内には歌博物館, 世界民族楽器展示館,平和廊ギャラリー,ナミギャラリー,アイデゥルランド(国際子供図書館),文化院,工芸院,幸福院美術館,ユニセフホール,アンデルセン絵本センターなどの文化空間と共にすべての客室がギャラリーに作られたホテル静観楼などの施設があります。 文化芸術事業の専担機関である南怡島教育文化グループで、年間600回の公演や演劇、祭り、展示会などを展開しており、国内観光地の中で最も多くの文化公演が進められているところでもあります。

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